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KIKIKIKIKIKIと真行草

「ききき、きき……き? 覚えられないなぁ」と、JCDNの佐東さんは言いました。確かに覚えにくい名前です。覚え方のコツをご紹介しましょう。「KIKI・KIKI・KIKI」。つまり「キキ」と三回続ければいい。「キキ」とは「モンパルナスのキキ」こと、アリス・プランのことです。カンパニーを主催するきたまりから直接聞いたので、これは間違いありません。

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/1b/KikiMontparnasse.jpg

キキは非常に業の深い女性であって、20年代のパリの黄金期を、キスリングやフジタ、マン・レイのモデルとして駆け抜け、戦後は忘却と貧困のただ中で死んだ人です。いわば女性としての栄光と汚辱を一身に集めたような人で、女性のセクシュアリティーの持つ忌まわしさと栄光の双方をテーマにする彼女たちにとっては、もっともふさわしいイメージソースだと言えるでしょう。

「サカリバ」もこうした女性のセクシュアリティーを容赦なく暴き立てる作品で、私は周囲の女性たちから「何もあそこまでしなくても」という嫌悪感と、「言ってはいけないことを言ってくれた」という賞賛の双方を耳にしていますし、事実私もそう思います。ただし、この作品のあらすじを、「海蝉」や「きざはし」のように明快に説明することはできません。このダンスはいわば行書体で書かれたダンスであって、楷書的な具象性はないのです。ただしはっきりしたストーリー性はなくとも、誰もが一目でそれとわかる、セクシュアリティーについてのテーマを、それは内包しています。このいわば「頃合い感」こそが、彼女たちの持ち味です。

さて、順番から言えばKIKIKIKIKIKIの「サカリバ」について論じないといけないのですが、その前に少し私がダンスについて思っている、一般的な原則について少し説明しておきたいと思います。それは日本の伝統的な美学概念である「真行草」と関わっています。

書道には「真行草」の三体があります。「真」はいわゆる楷書、「草」は崩し字、「行」はその中間です。近現代の西洋美術では、おおむね「真」から「草」へ向かうベクトルこそが「発展」であると見なされ、次第に抽象性を強めた挙げ句、ついには何もメッセージを持たない物質そのものが露呈する「ミニマリズム」が登場します。あまりにも原理主義的な批評と実作が続いたため、現代美術は70年代後半に一度、深刻な停滞状態を経験したというのが私の見方です。逆に日本の伝統美術では、「真行草」は茶室の設計や美術作品の制作、さらには表装にまで拡張され、その全てが等価であるとされていました。日本の芸術家は「真行草」の全てをマスターする必要があり、この三体は進化論的には捉えられなかったのです。

私は「真行草」三体はダンスにも適応可能な概念で、その三つを等価として見るべきだと考えています。たとえば「海蝉」や「きざはし」は丁寧な楷書の「真」。テーマ性を残しつつ抽象性を高めた「サカリバ」は「行」。そして白井剛さんのダンスや丹野賢一さんのパフォーマンスは「草」である、と私は見ます。

たとえば白井さんのダンス「質量, slide , & .」は、モノや身体自身の持つ質量を、単に指示するだけのような、極めて日常的な身振りが幾度も繰り返される、非常に静謐なダンスです。そしてこうした極小の動作が無限に繰り返されるうち、身振りからはついに意味が剥落し、舞台上には純粋な身体そのものが露呈していきます。丹野賢一さんのパフォーマンスは、見た目上は白井さんの静謐なダンスとは全く逆に、破壊と暴力衝動に満ちた凶悪な印象を残します。ところが彼のパフォーマンスも「破壊」という身振りを無限に繰り返すうち、そこには純粋な物質と身体のありようが立ち現れるのです。

そこにあるのはもはや物語を放棄した、純粋な身体やモノそのものの姿です。こうした身振りを私は「草」の身振りであると思います。そこにはミニマリスティックな美しさと純粋さがありますが、もはや私たちが共有できる物語や社会的テーマからは、既に遠く隔たっています。

こうした「草」のダンスには、純粋で圧倒的な魅力があります。でもそれだけを至上の価値と見る見方に、私は与しません。純粋で抽象的な身体そのものを持ちながら、同時に社会的で象徴的な身体、心理的で具体的な身体を持つのが私たち人間だからです。この三つを描く「真行草」三体のダンスそれぞれに、進化論的な段階を設けないで接していきたい。それが私がダンスを見ていく上での立場です。

「サカリバ」を論じる以前に、その前提の説明だけで、かなりの分量を使ってしまいました。「サカリバ」の具体的内容についてはまた明日以降にでも。

KIKIKIKIKIKI「サカリバ」
構成・演出・出演: きたまり
出演: 川崎香織 平田里奈 野渕杏子 きたまり
音楽: ,G
美術: 黒田政秀
衣裳: 園部典子
振付助手: 小島美香
京都芸術センター
2007年3月24日(土)18:00


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コメント 6

三谷木実

今晩は。
不躾でございますが。
ダンス何年くらい踊っていらっしゃいますか?
東京で舞台に出演していらっしゃいますか?
by 三谷木実 (2021-01-17 23:41) 

三谷木実

削除したいのですが ボタンが見つかりません。

by 三谷木実 (2021-01-18 16:30) 

三谷木実

「真」書・「行」書・「草」書ではないですか?
上記、失礼いたしました。
ダンスはダンスで流儀があるのではないでしょうか..
よく知りませんが。
by 三谷木実 (2021-01-18 21:55) 

三谷木実

書道では 「真」書体・「行」書体・「草」書体
「楷」書体などあるかもしれませんが..
ダンスでは(詳しくないので、適当に)
「跳躍」・「柔軟」・「緩急」とか..
流儀ではないですね。
フランス流とかエジプシャントカ、・・・インディアンとか日本舞踊とか
日本舞踊の中では「楽」・「雅」・「舞」とか「若」?
by 三谷木実 (2021-01-18 22:11) 

三谷木実

書道では 「真」書体・「行」書体・「草」書体
「楷」書体などあるかもしれませんが..
ダンスでは(詳しくないので、適当に)
「跳躍」・「柔軟」・「緩急」とか..
流儀ではないですね。
フランス流とかエジプシャントカ、・・・インディアンとか日本舞踊とか
日本舞踊の中では「楽」・「雅」・「美」とか「若」とか「優」とか?
by 三谷木実 (2021-01-18 22:17) 

三谷木実

上の4つを全部消していただかないといけないです。
足で消さないでください。
現代舞踊なら、上の方が書かれているように
「破」とか、「緊」・「制」・「律」とか..
by 三谷木実 (2021-01-18 22:28) 

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