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Monochrome Circus「きざはし」@京都芸術センター

男と女の間には、深くて暗い川がある……って、いまの若い人はそんな古い歌、しらないかな。野坂昭如(「火垂るの墓」の原作者)が歌ってた、「黒の舟歌」って歌なんですけれども。誰も渡れぬ川なれど、エンヤコラ今夜も舟を出す、って続くんですが。

まぁ男女の仲っつうのはむつかしいもんで、古来こういうむつかしさは、幾度も芸術上のテーマになって参りました。んで、ほとんど渡るのが不可能にすら見える「川」へ「舟を出す」のはたいてい男の方でありまして、聖母のごとき高貴さに輝く女を、男は下から見上げて渇望する、というかたちで描かれるのが、西洋では常でございます。ベランダの上に立つジュリエットをロミオが見上げる「ロミオとジュリエット」なんてのはその典型ですね。あるいは捨て子のヒースクリフが、天上の存在になったキャサリンを愛し続ける「嵐が丘」とかね。

たぶんこういう空間配置は、中世の騎士道精神あたりが源泉にあるんじゃないかと私は思っています。で、こうした配置は20世紀美術にも流れ込んでいます。たとえばダダイストのマルセル・デュシャンは、女性は時空を越えた4次元的なもの、男性は形而下的な3次元的なものと考えて、有名な「大ガラスと」いう作品を作りました。

http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Duchamp_LargeGlass.jpg

上のグニャグニャしたのが「4次元的女性」、下の歯車みたいなのが「3次元的男性」なんだそうです。「なんでそうなるの?」と考え出すと、デュシャンの張り巡らした罠にまんまと落ちることになるので、ここではパスします。大事なのは、こうした「20世紀美術で最高に難解」と言われる作品であっても、「女性が上、男性が下」という約束事、ロミオとジュリエットにも通じる決まり事を守っている、ということです。

さて、Monochrome Circusの「きざはし」という作品です。Monochrome Circusは、京都を拠点に活動するコンテンポラリーダンスのカンパニーで、メンバーには大野一雄さんのお弟子さんもおられるのだとか。彼ら演じる「きざはし」も、こうした「女性が上、男性が下」という伝統的配置を、忠実に守った作品だといえます。

舞台は実にシンプルです。舞台の上には一つの机、机の上に女、机の下に男。両者とも互いを求めて出会おうともがくが、ついに果たせない。で、最後に男は机ごと女を持ち上げて、女はあたかも聖母のように、その上にそそり立つ……。

こうして記述すると実にあっさりしたものですが、実際には机の上に無数の銀食器が置かれていて、男女が暴れるたびにこの食器類が金属質の音を立て、ガシャガシャとこぼれ落ちます。これが非常に緊張感を高める役割をしていて、下手をすると「黒の舟歌」的な構図に見えかねない舞台に、デュシャン的な金属質の抽象性を持たせてるわけですね。

こうした「女性上位」の考え方は、ひょっとするとジェンダー論的に見れば「古い」のかもしれません。実際、作品上では女性崇拝に近いジェンダー観を表現していたシュルレアリストグループは、私生活では非常に古くさい女性観の持ち主で、女性を泣かせることもしばしばだったといいます。こうしたジェンダー論的な視点から、この作品を批判するのは簡単なことだと思います。

けれども、一個の「私」として見たとき、この作品を批判できるかと言えば、ちょっと難しい。正直、私のなかにもこういう古めかしい女性観は脈々と流れてますし、「女の子はかばってあげなくちゃ」とか「大事にしてあげなきゃ」とか、日常的に考えることは少なくないです。また実際、女性が社会的に被る不利益や社会的格差がまだまだ大きいことを、私たちは知っています。こうした一切を棚上げして最新のジェンダー論を振りかざすのは、危険ですらあると思います。

「きざはし」は振付家の坂本公成さんと森裕子さんが、実際の生身の恋愛で経験した出来事を、赤裸々に綴った作品だと言います。坂本さんは美学出身だそうですが、振り付けの際にはデュシャンなんか全く頭にはなかった、とも聞きました。こうした不器用なまでの愚直さを笑ったり批判したりするのは、理屈の上では簡単です。けれども一人の生身の人間としてこの舞台を見たとき、逆に彼らの誠実さ、正直さ、飾り気のなさが見えてきます。私は一人の生身の人間として、彼らの生身の「切れば血の出る」表現を、深く愛したいと思います。

Monochrome Circus「きざはし」
振付: 坂本公成+森裕子
出演: 佐伯有香 合田有紀
舞台美術: 坂本公成
衣裳:堂本教子(atelier88%)
京都芸術センター
2007年3月24日(土)18:00


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